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東京地方裁判所 昭和43年(行ウ)236号 判決

原告 金太圭

被告 下谷税務署長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の申立

一  原告

被告が原告に対し昭和四二年三月三一日付でした昭和四〇年分の所得税に関する更正処分(ただし、異議決定・審査裁決によりそれぞれ一部取り消されたのちのもの)を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文と同旨

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  原告は、東京都台東区上野五丁目二六番五号を主たる事業所の所在地として、同所と同区上野六丁目四番四号において「日清ゴルフ商会」の商号でゴルフ用品の販売業を、また、同区東上野三丁目二〇番三号において「ラタン」の商号で喫茶店を経営している白色申告者である。

2  原告は、被告に対し昭和四一年三月一五日昭和四〇年分の所得税に関し総所得金額を二、四〇〇、〇〇〇円とする確定申告をしたところ、被告は、昭和四二年三月三一日付で原告に対し右年分の総所得金額を一一、九五九、七五七円とする更正処分をした。

そこで、原告は昭和四二年四月一一日付で被告に対し右更正処分につき異議申立をしたところ、被告は同年七月五日右更正処分の一部を取り消したうえ総所得金額を八、三五六、七一七円とする決定処分をしたので、原告はさらに右決定に対し東京国税局長に審査請求をしたところ、同国税局長は昭和四三年七月一七日右決定の一部を取り消したうえ総所得金額を六、四四〇、一三二円(課税総所得金額五、七一六、〇〇〇円)とする裁決をし、同年八月二八日その裁決書謄本を原告に送達した。

3  しかしながら、原告の昭和四〇年分の総所得金額は前記確定申告額が正当であるから、これを上回わる右更正処分(右異議決定並びに審査裁決によりそれぞれ変更されたのちのもの、以下これを本件更正処分という。)はその限度で違法であるのでその取消しを求める。

二  被告の認否と主張

1  請求原因1、2の事実は認め、同3は争う。

2  被告の主張

(一) 調査の経過

被告の係官は、原告の昭和四〇年分に関する所得調査のため昭和四一年六月二八日原告方に臨場したところ、原告は、店が狭いのでここでは応待することができないなどといつて調査に応じようとしなかつたが、右係官の説得により原告が専務理事をしている東京ゴルフ輸入協同組合の事務所でならば調査に応ずるというので、被告係官は同事務所で原告の調査を実施した。

その際、原告は、はじめは係官に対し、帳簿類は一切作成していないし、伝票領収書等も提出することはできないと述べたが、のちに請求書と納品書は保存してあるのでそれによつて七月七日までに収支計算書を作成提出する旨を約した。そして、原告は同月八日の第二回目の調査時にゴルフ用品販売に関する「仕入表」(乙第一号証)と「昭和四〇年諸経費」と題する諸経費の明細表(乙第二号証)を、また、同月一四日の第三回目の調査時に喫茶店に関する「仕入先明細表」、「ラタン収支計算書」及び「経費科目内容」(乙第三号証の一ないし三)をそれぞれ提出したので、右係官は原告に対しこれらの作成基礎である証拠書類ないしは原始記録をも提示するよう強く要請した。ところが、原告は、ゴルフ用品販売関係の差益率は原告提出の前記仕入表記載の数額をもとにしてせいぜい六・五ないし七パーセント程度にしてもらいたいと申し出る一方、伝票類は後日整理したうえ提出することにしたいと答えたものの、結局、原告は審査請求の段階に至るも遂にこの種の証拠書類は何も提出しなかつた。

(二) 推計の合理性

被告は、原告のゴルフ用品販売関係については原告より提出された前記仕入表に基づきその取引先に対する照会や反面調査により原告の仕入実額を確定し、また、喫茶店関係では前記仕入先明細表記載の金額をほぼ正当として認容し、その仕入金額によることとした。

次に、原告の売上金額並びに諸経費については、原告の申立ないしは主張自体、原処分、異議申立及び審査請求の各時点において別表記載のごとくそのつど数額にかなりの差異があつて一貫性を欠くのみならず、原告が被告に提出した前記「昭和四〇年諸経費」及び「経費科目内容」にも各項目の金額がゴルフ用品販売関係では一万円単位であり、喫茶店関係では一〇〇円ないし一、〇〇〇円単位となつていることからも窺われるように、その内容が極めて不正確であつて到底実額計算の基礎となりうるものではないうえ、原告には帳簿類の備付けもなく、具体的な収支計算書類の提出もないので、被告は原告の本件係争年分の売上金額、所得金額等を実額計算することは不可能であると認め、下記のごとく立地条件、業種、業態並びに営業規模において原告と類似すると認められる同業者の平均差益率及び平均所得率を算出し、これを適用して原告の売上金額並びに所得金額を推計した。

そして、被告は、前記観点から右同業者の選定対象を原告と同様通称アメヤ横丁周辺に店舗を有するコーヒー喫茶店またはゴルフ用品卸し小売業の個人営業者であり、かつ、その仕入金額(被告の調査ないしは更正処分により確定された数額)が原告の前記仕入金額とおおむね類似するとみられる者に限定して該当者を抽出選定したところ、ゴルフ用品販売関係では四名(本訴訟ではAないしDと仮称する。)がその該当者として選定され、その平均差益率は一一・四九パーセント、平均所得率は九・四七パーセントであり、また、喫茶店関係では二四名(本訴訟ではAないしXと仮称する。)が選定され、その平均差益率は七二・六二パーセント、平均所得率は四八・四八パーセント、特別経費率三四・一八パーセントであつた。

ちなみに、ゴルフ用品販売関係の右同業者AないしDの仕入金額は原告のそれを一〇〇として表わした場合最高一二三、最低六五の比率となり、両者の類似性を十分肯認しうる範囲のものであるし、また、原告が本件異議申立書に添付した原告の収支計算書(乙第一五号証)によつてもゴルフ用品販売関係の昭和四〇年分の差益率は一一・三七パーセントとなり、被告主張の同業者差益率一一・四九パーセントと極めて近似しており、他方、原告より本件調査時に被告に対して提出された「ラタン収支計算書」(乙第三号証の一)によると、同年分における原告の喫茶店関係の差益率は七三・八九パーセントとなり、被告主張の同業者差益率七二・六二パーセントを上回つている。

なお、右同業者の住所・氏名は税務職員がその職務上知りえた秘密に属し、これを公表することは所得税法二四三条、国家公務員法一〇〇条一項により禁止されている。

以上のことから被告の本件推計には十分な合理性が存在するのである。

(三) 課税所得金額の計算

(ゴルフ用品販売関係)

(1) 仕入金額   一二四、一四一、二五一円

原告が被告に提出した仕入表(乙第一号証)をもとに原告の取引先に対する照会及び反面調査により判明した右表の過少計上額を加算し、過大計上額を減算してえた金額である。すなわち、原告の右仕入表記載の合計金額は一二一、三五四、〇八一円のところ、同表の過少または過大計上額は次のとおりである。

過少計上額

取引先

取引金額(円)

原告仕入表額(円)

過少額(円)

株式会社フアーイースト

一、〇八七、七一二

一、〇三四、一一二

五三、六〇〇

国際商工株式会社

二八一、九四〇

二〇八、九八〇

七二、九六〇

オニツカ株式会社

七九、一二〇

六七、一〇〇

一二、〇二〇

株式会社富士ゴルフ

八〇四、三八〇

七四九、七一〇

五四、六七〇

早川産業株式会社

四〇五、二四五

三四八、二一五

五七、〇三〇

辻本木工株式会社

二〇〇、八〇〇

一六〇、七〇〇

四〇、一〇〇

株式会社天野商店

二四、八四〇

二四、一〇〇

七四〇

株式会社インターナシヨナルコーポーレーシヨン

一三七、九〇〇

一三七、四〇〇

五〇〇

株式会社国際ゴルフ

一〇、四〇八、三六〇

九、五七六、四九〇

八三一、八七〇

新富ゴルフ

八、三三一、九二五

六、五五一、七六〇

一、七八〇、一六五

過少計上額

合計

二、九〇三、六五五

過大計上額

取引先

原告仕入表額(円)

被告調査額(円)

過大額(円)

メトロゴルフ用品

六五二、九六四

五六二、七一七

九〇、二四七

松永商店

三八〇、四五八

三五四、八八〇

二五、五七八

大徳産業

三、二三八、〇六〇

三、二三七、四〇〇

六六〇

過大計上額

合計

一一六、四八五

(2) 売上金額   一四〇、二五六、七五二円

右仕入金額に前記同業者の差益率一一・四九パーセントを適用してえた金額である。

124,141,251円÷(1-0.1149)=140,256,752円

(仕入金額) (差益率) (売上金額)

(3) 算出所得金額  一三、二八二、三一四円

右売上金額に前記同業者の所得率九・四七パーセントを乗じてえた金額である。

140,256,752円×0.0947=13,282,314円

(売上金額) (所得率)(算出所得金額)

(4) 特別経費額    六、〇二四、五一四円

(ア) 雇人費     八七七、〇〇〇円

これは、原告が所得税法一八三条一項の源泉徴収手続をした俸給等の支払合計額である。

(イ) 減価償却費   一〇六、七三九円

(ウ) 地代・家賃   一七五、〇〇〇円

(エ) 借入金利子 四、八六五、七七五円

(5) 課税所得金額   七、二五七、八〇〇円

前記算出所得金額より右特別経費額を控除した金額である。

(喫茶店関係)

(1) 仕入金額     二、五八四、七六一円

原告が被告に提出した仕入先明細表(乙第三号証の二)記載の金額をほぼ正当として認容し、その金額によつた。

(2) 売上金額     九、四四〇、三二五円

右仕入金額に前記同業者の差益率七二・六二パーセントを適用してえた金額である。

2,584,761円÷(1-0.7262)=9,440,325円

(仕入金額) (差益率) (売上金額)

(3) 算出所得金額   四、五七六、六六九円

右売上金額に前記同業者の所得率四八・四八パーセントを乗じてえた金額である。

9,440,325円×0.4848=4,576,669円

(売上金額) (所得率) (算出所得金額)

(4) 特別経費額    三、二二六、七〇三円

原告申立てにかかる特別経費(乙第三号証の一、三)は、その支出を証すべき資料が皆無であるため、被告は原告の右売上金額九、四四〇、三二五円に前記同業者の特別経費率三四・一八パーセントを乗じてえた三、二二六、七〇三円を原告の特別経費額とした。

(5) 課税所得金額   一、三四九、九六六円

前記算出所得金額より右特別経費額を控除してえた金額である。

以上のとおり、原告の本件係争年分の課税総所得金額はゴルフ用品販売関係の七、二五七、八〇〇円と喫茶店関係の一、三四九、九六六円の合計金額である八、六〇七、七六六円となり、右の範囲内でなした被告の本件更正処分は適法である。

三  被告の主張に対する原告の認否と反論

1  被告係官が原告の本件係争年分の所得税に関しその主張の日時に東京ゴルフ輸入協同組合事務所において調査をしたことは認めるが、同係官が右事務所において調査を実施するに至つた経緯は、原告の申出によるものではなく、当時台東商工会の総務部長であつた金源潤が原告の店舗の狭いため右事務所で調査をしてはどうかと助言をし、係官もこれを了承したことによるものである。その際、原告が被告係官に対し帳簿も作成していないし、伝票領収書等も提出できないなどと述べたことは否認する。原告が右係官の要請により作成したゴルフ用品販売関係の仕入表、諸経費の明細表並びに喫茶店関係の仕入先明細表、収支計算書、経費科目内容等を提出したところ、同係官は「これだけで結構です」といつて、それ以上帳簿や伝票その他の証拠資料の提出を求めなかつたのである。

被告主張の(二)推計の合理性(三)課税所得金額の計算に関する点は争う。

2  現行税制では実額課税が原則であるところ、被告は原告が帳簿を備え付けず被告係官の調査に対しても非協力であり、伝票その他の証拠資料を提出しなかつたので推計により本件更正処分をした旨主張するが、原告は被告係官に対しはつきりと「請求書と納品書は保存してある。」と述べ、ただ、乱雑にしてあるから必要ならば後日整理して提出してもよいと申し出たけれども、前記のごとく右係官からその提出要請がなかつたものであり、被告主張のごとき調査非協力の事実も証拠資料の提出を拒否した事実もないので、推計による本件更正処分は違法である。

3  一般に、行政処分はその処分時において適法要件を具備すべきものとされているところ、被告の本件更正処分時における推計では証人中川和夫の証言によればゴルフ用品販売関係の場合僅かに二人の同業者による平均差益率及び所得率を適用して原告の所得額を推計していることが伺われるが、上野アメヤ横丁地区だけでも少なくとも一三人にのぼるゴルフ関係の同業者が存在するのに僅かに二人のみの同業者による推計は、多数の事例から大数的統計方法により算出した平均比率と異なり合理性の裏付けを欠くというべきである。

仮に、原処分後の調査資料による適法性の立証が許されるとしても、被告の本件訴訟における主張はAないしDの四人による同業者比率であつて、その信頼性ないしは合理性に乏しいこと前記の場合と大差はないのである。

のみならず、同業者比率による所得推計の合理性はその同業者が原告と業種、業態、営業規模、取扱商品、雇人数などの諸点で類似性が認められる点に根拠付けられるものと解されるところ、被告は、その主張の同業者につき単に原告同様店舗をアメヤ横丁の周辺に有し、かつ、その仕入金額が原告と類似する点を挙げているのみで、当該同業者の氏名・商号、業態、営業規模、雇人数など何一つ明らかにしようとしない。したがつて、かような同業者による被告の本件推計には一般性ないしは普遍性を欠き、合理性のないものといわなければならない。

4  被告が、本件訴訟において、その主張にかかる同業者の住所・氏名・商号、営業規模その他これを特定するに足りるいずれの事項も具体的に明示しないことは、これを他面からみると、原告から反証の手段をすべて奪い去り、ただ、被告主張の同業者比率の合理性を措信するよう強要するものにほかならず、被告のかような態度は極めて非民主的で、かつ、公正を欠く不当なものというべく、被告主張の守秘義務の故に原告がかかる不利益を受忍しなければならない筋合いはなく違法というべきである。

5  被告の本件推計には原告の特殊性を無視して漫然と同業者比率を適用した違法がある。すなわち、原告は在日朝鮮人台東商工会の会員であるが、原告が朝鮮人であるが故に日本人同業者(被告主張の同業者AないしDはいずれも日本人)に比し、商品価額の低廉、顧客に対するサービス、接待、広告宣伝費など相当多額の経費増がなければ営業を維持していくことすら困難であるのみならず、市中銀行は原告ら朝鮮人への融資を渋りがちで、いきおい高金利の金融を受けざるをえず、そのために金利負担の増加が避けられないなどの事情にある。また、取扱商品も国産品の入手が困難であるため主として舶来品を取り扱うので頻繁なモデルチエンジの度に売れ残り品の値くずれを生じ、大きな収益減となるなど原告が朝鮮人なるが故に付随する業態の特殊性があるのに、被告の本件推計は原告の右特殊事情を全く顧慮していない。

6  被告が本件推計の基礎とした同業者の差益率並びに所得率の算出は、単純な算術平均によつている。しかしながら、平均値を求める方法としては算術平均のほか幾何平均、中央値(中位数)、並み数(最頻値)の方法などがあり、算術平均はその変数の一つが変化しても直ちに平均値に影響し、特に極端な数値によつて変化され易く、平均値としては相当ではない結果を招き易いのが短所とされ、他方、幾何平均は対数の知識を必要とするため算術平均に比較し計算方法が面倒ではあるが、比率の平均方法としてはむしろ算術平均より適しているとされている。

しかるに、他の平均値を求める方法を比較検討することなく、漫然と算術平均により同業者比率を求めた被告の本件推計はこの点において妥当性を欠き違法である。

四  被告の再反論

同業者の差益率並びに所得率の算出方法として原告主張のごとく幾何平均によつた場合、平均比率は算術平均の場合より若干低率になることのあるのは否定できないけれども、比率により推計する科目が売上原価(仕入金額)、一般経費ないしは特別経費等の控除科目であるときは、同業者のこれらの科目の平均比率を幾何平均により求めると所得金額が算術平均による場合に比較して高額となるので、かえつて納税者にとり不利な結果となる。被告の採つた算術平均は、推計課税の方法として広く採用され、一般に是認されているのであつて、ちなみに、本件推計の基礎たる同業者比率を幾何平均によつて算出してみると、ゴルフ用品販売関係の平均差益率は一一・四三パーセント、同じく平均所得率は九・四八パーセントとなり、また、喫茶店関係の平均差益率は七〇・〇八パーセント、同じく平均所得率は一四・九九パーセントとなり、これらの比率によつて原告の所得額を算出すると、ゴルフ用品販売関係の課税所得金額は七、二六二、八一八円(算術平均の場合七、二五七、八〇〇円)、喫茶店関係の課税所得金額は一、二九四、九七二円(算術平均の場合一、三四九、九六六円)、合計課税総所得金額八、五五七、七九〇円(算術平均の場合八、六〇七、七六六円)となり、前記被告主張の算術平均によつたとしても極めて僅少な差異にとどまるのである。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、本件更正処分の適法性について判断する。

1  調査の経過

被告の係官が、原告の昭和四〇年分の所得調査のため被告主張の日時に三回にわたり東京ゴルフ輸入協同組合事務所に臨場したことは、当事者間に争いがない。

成立に争いのない乙第一、第二号証、第三号証の一ないし三、証人金源潤、同中川和夫の各証言に原告本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められる。

昭和四一年六月当時、被告税務署では調査事務を担当する所得税第二課第三係(係員五名)の未調査事件がゴルフ用品販売関係者五件(原告もその一人)を含めて一二〇件にのぼり、これが調査促進を図ることになつた。被告係官は、原告に対する昭和四〇年分に関する所得調査のため電話で原告の都合を問い合せたところ、朝鮮人台東商工会の総務部長をしている金源潤より原告の店舗が狭くて応待にも困るから東京ゴルフ輸入協同組合事務所において右調査を実施して貰いたいとの申入れがなされたので、同係官もその旨を了承し、同年六月二八日右事務所において原告に面接し調査をした。その際、金源潤ほか一名の前記商工会関係者が原告の依頼を受けて立ち合い、係官から昭和四〇年分の所得額を算出しうる帳簿並びに伝票その他の証拠資料の提出を求めたところ、原告より、帳簿類は全く記帳していないし、他に売上金額を示す資料も存在しないが、伝票や請求書、納品書のようなものは整理をして後日提出するし、これとは別に収支計算書を作成提出する旨の返答がなされた。そして、原告から被告係官に対し同年七月八日ゴルフ用品販売関係の「仕入表」及び「昭和四〇年諸経費」と題する各書面を、また、同月一四日喫茶店関係の「仕入先明細表」、「ラタン収支計算書」及び「経費科目内容」と題する各書面がいずれも前記事務所において提出されたが、右書面記載の数額を裏付ける伝票その他の証拠資料は何も提出されなかつたので、被告係官はそのつど原告に対しその提出を強く要請した。ところが、原告は、ゴルフ販売関係における原告の差益率は六・五ないし七パーセント程度だと思うから税務署もその限度で計算して貰いたいと述べ、喫茶店関係では係官を「ラタン」に案内し当日の伝票を示したが、当日以外の伝票は現金との勘定が整合ししだい破棄して保存されていない旨を申し立て、その後も右係官から再々収支関係を明らかにしうる証拠資料を提出するよう督促したけれども、原告はこれを提出しなかつた。

そこで、被告は、原告が提出した前記仕入表(ゴルフ用品販売関係)及び仕入先明細表(喫茶店関係)に基づき、原告の仕入先に対し照会ないし反面調査を実施して原告の本件係争年分の仕入額を確定しえたが、経費関係では、原告提出の前記明細書(乙第二号証、第三号証の一、三)によるも経費項目と金額が羅列してあるのみで具体性を欠くのみならず、その金額もゴルフ関係では一万円単位、喫茶店関係では一〇〇円ないし一、〇〇〇円単位をもつて記載されているなどかなり粗雑なものであつて、これによつて原告の所得額を実額により把握することは到底不可能であると認められたので、被告は後記認定の同業者比率により原告の本件係争年分の所得額を推計した。

以上の事実が認められ、証人金源潤の証言並びに原告本人尋問の結果中右認定に反する部分はいずれも信用できないし、他に同認定を動かすに足りる証拠はない。

2  推計について

(一)  前記認定事実に照らすと、原告は帳簿の備付けもなく、また、収支関係を明らかにしうる伝票その他の原始記録も提出しなかつたのであるから、原告提出の前示明細書等のみでは原告の本件係争年分に関する所得額を実額により把握することはすこぶる困難であつたものと認められるので、被告が右所得額を推計により算出したこと自体に原告主張の違法はないというべきである。

(二)  成立に争いのない甲第八号証の一、二、乙第一四、第一五号証、証人許哲夫、同中川和夫、同鈴木正美の各証言と右鈴木証人の証言により成立を認めうる乙第一三号証の一、同二の一、二を総合すると、次の事実が認められる。

被告は、前記認定のごとく、原告が提出した仕入表ないしは仕入先明細表に基づき原告の取引先に対する反面調査等の結果によつて原告の本件係争年分における仕入金額を後記認定のとおりゴルフ用品販売関係で一二四、一四一、二五一円、喫茶店関係で二、五八四、七六一円と確定したうえ、次のごとき基準により抽出選定した同業者の差益率、所得率及び特別経費率(喫茶店関係のみ)を適用して原告の所得額を推計した。すなわち、原告の経営する店舗中ゴルフ関係の二店舗はいずれも国電御徒町駅近くの通称アメヤ横丁の区域内に所在し(甲第八号証の一の図中〈3〉及び〈3′〉の位置)、右図中〈3〉と表示した店舗は国電ガード下の床面積約一坪、〈3′〉と表示した店舗はガード東側に位置し床面積約一二坪であり、また、喫茶店(ラタン)は上野駅南口商店街に所在し、床面積約二六坪の規模であるが、被告は、右推計のため、立地条件、業種、業態、営業規模などの点で、ゴルフ用品販売関係並びに喫茶店関係の各営業部門において原告と類似する同業者を抽出選定することとし、まず、被告の保管する索引簿から被告税務署管内に店舗を有する個人業者でゴルフ用品販売業を営むもの(小売りのみの業者を除外)一四ないし一五人、また、コーヒー喫茶店を営むもの約一〇〇人をそれぞれ抽出し、そのうちゴルフ用品販売業者についてはほとんど白色申告者であるためその仕入金額、売上金額等は被告の調査済みのもののみを採用し、他方、喫茶店関係では青色申告者のみに限定した。そして、これら同業者のうち、原告と同様通称アメヤ横丁周辺に店舗を有し、その仕入金額が原告のそれに類似するものに対象を限定した結果、ゴルフ用品販売関係ではAないしDの四名、喫茶店関係ではAないしXの二四名が右基準に該当するものとして選定された。

右同業者の平均差益率、平均所得率並びに特別経費率を算術平均の方法によつて算出すると次のとおりである。

(1) ゴルフ用品販売関係 平均差益率 一一・四九パーセント

平均所得率 九・四七パーセント

(2) 喫茶店関係     平均差益率 七二・六二パーセント

平均所得率 四八・四八パーセント(乙第一三号証の二の二に四八・五五パーセントとあるは誤算と認められる。)

平均特別経費率 三四・一八パーセント(48,831,247円÷142,831,482円)

特別経費合計額 売上金額合計額

(三)  ところで、原告は、本件更正処分の時点におけるゴルフ用品販売関係の同業者比率は僅かに二人の事例によつており、仮にその後の資料による立証が許されるとしてもせいぜい四人の事例であつて、かかる僅少の事例による推計は一般性ないし普遍性を欠き合理性がないと反論する。

しかしながら、本件のごとく課税処分の効力を争う訴訟においては、被告はその主張にかかる課税標準の存在につき原処分後に収集した資料によつてこれを立証することも別段禁止されておらず、口頭弁論の終結に至るまで適宜その提出が許されるものと解すべきところ、被告は本件訴訟において前記のごとくゴルフ用品販売関係の同業者としてAないしDの四名を挙げ、その同業者比率を主張するものであることが明らかである。なるほど多数事例を大数的に処理したものの方が統計的推計方法としてはより優れたものといいえようが、要は原告との類似性に関する問題であるから、右AないしDは前記観点より原告との類似性を吟味検討のすえ選定されたものであるから、事例数自体は四人であつて必ずしも多くはないが、なお十分普遍性と合理性を首肯できるのである。のみならず、右同業者の仕入金額を原告のそれと対比してみた場合、最高のものが一二三パーセント、最低のものが六五パーセントであつて、両者の類似性が認められ、また、原告作成の収支計算書(原告本人尋問の結果と乙第一五号証の/部分)によりゴルフ用品販売関係(同計算書中、上段の数額)の昭和四〇年分の差益率は一一・三七パーセントとなり、前記認定の同業者AないしDの平均差益率一一・四九パーセントと極めて近似しており、他方、原告提出の「ラタン収支計算書」(乙第三号証の一)によると、同年分における原告の喫茶店関係の差益率は七二・八九パーセントとなり、前記認定の同業者AないしXの平均差益率七二・六二パーセントを上回つているのである。

(四)  原告は、被告が本件訴訟においてその主張にかかる同業者の住所・氏名・商号等を明示しないのは原告より反証の手段を奪うものであつて違法であると反論するが、税務職員は自己が職務上知りえた秘密を守ることが法令上義務付けられており(所得税法二四三条、国家公務員法一〇〇条一項)、他面において、本件では当該同業者比率作成の資料とされた同業者に関する調査表(乙第一三号証の二の一、二)の作成者である当時の被告税務署職員鈴木正美が当法廷において証人尋問を受け、同書面の作成経過が具体的に明らかにされ、同証言により右書面が恣意的に同業者を抽出し作成したものではないことが認められるうえ、結局は同書面の記載内容に関する信ぴよう性の問題に帰着する事項でもあるので、同業者の住所・氏名等を開示しないからといつて直ちに原告主張のような違法があるとはいえない。

(五)  原告は、本件推計における同業者比率を求めるには被告主張のごとく算術計算によることなく、幾何平均による方がより精確で合理的であると反論するが、仮にこの方法によつて計算してみても、被告の再反論において指摘するごとく課税所得金額は、ゴルフ用品販売関係が七、二六二、八一八円(算術計算による場合七、二五七、八〇〇円)、喫茶店関係が一、二九四、九七二円(算術平均による場合、一、三四九、九六六円)、右合計額八、五五七、七九〇円(算術平均による場合八、六〇七、七六六円)となり、両者にそれ程の差異はないのみならず、結局のところ本件更正処分の課税所得金額五、七一六、〇〇〇円を上回ること明らかであるから、本件においては算術平均と幾何平均のいずれによつても結論に影響を及ぼすものではないのである。

(六)  原告は、自己が朝鮮人であるが故に経営上種々の特殊性があつて経費増加となるゆえんを主張し、証人許哲夫の証言並びに原告本人尋問の結果によると、右趣旨に添う供述もあるけれども、右両名の供述はいずれも内容が漠然としていて具体性がなく、個々の経費支出や取引事実を挙示するものでもないので客観性に乏しいものといわざるをえないのみならず、前示各証拠によれば原告のゴルフ関係の取扱商品は約七〇パーセントを東京ゴルフ輸入協同組合から仕入れており、この点で原告がとくに不利な立場にあるとも認められないし、その他顧客へのサービス、値引き等はアメヤ横丁の同業者一般の特性であると認められるので、原告の右主張も採用するに由ない。

以上のことから、被告が前叙の推計方法によつて原告の本件係争年分の所得額を算出したことには合理性があるものということができる。

三  所得額の算定根拠

1  仕入金額

(一)  ゴルフ用品販売関係 一二四、一四一、二五一円

被告は、前記認定のごとく原告が提出した仕入表の記載に基づき原告の取引先に対する照会ないしは反面調査を実施した。そして、弁論の全趣旨によりいずれも真正に成立したものと認められる乙第四ないし第一二号証、公務員が職務上作成し真正に成立したものと推定される乙第一八号証の二によると、原告のゴルフ用品販売関係の前記仕入表記載の仕入金額中過少計上額と認められるものは被告主張のとおり(第二の二の2(三))合計二、九〇三、六五五円であること(前示乙第一二号証によれば、原告が株式会社国際ゴルフから本件係争年中に仕入れた金額は一〇、四二五、五六〇円であることが認められるから、本来の過少計上額はこれから右仕入表記載額九、五七六、四九〇円を控除した八四九、〇七〇円となるべきところ、被告は右過少計上額として八三一、八七〇円を主張するにとどまるので、当裁判所も同主張額の限度で認定した。)、他方、証人中川和夫の証言に弁論の全趣旨を総合すると、右仕入表の過大計上額が被告主張のとおり合計一一六、四八五円であることを各認定することができる。

そこで、前記仕入表記載の仕入金額に右過少計上額を加算し、過大計上額を減算した結果、一二四、一四一、二五一円となる。

(二)  喫茶店関係 二、五八四、七六一円

前示乙第三号証の二、証人中川和夫の証言によると、原告の本件係争年分における喫茶店関係の仕入金額は原告が被告に提出した仕入先明細表記載のとおり右金額であることが認められる。

2  売上金額

(一)  ゴルフ用品販売関係 一四〇、二五六、七五二円

右仕入金額に前記認定の同業者差益率一一・四九パーセントを適用してえた金額である。

124,141,251円÷(1-0.1149)=140,256,752円

(仕入金額) (差益率) (売上金額)

(二)  喫茶店関係 九、四四〇、三二五円

右仕入金額に前記認定の同業者差益率七二・六二パーセントを適用してえた金額である。

2,584,761円÷(1-0.7262)=9,440,352円

(仕入金額) (差益率) (売上金額)

3算出所得金額

(一)  ゴルフ用品販売関係 一三、二八二、三一四円

右売上金額に前記認定の同業者所得率九・四七パーセントを乗じてえた金額である。

140,256,752円×0.0947=13,282,314円

(売上金額) (所得率) (算出所得金額)

(二)  喫茶店関係 四、五七六、六六九円

右売上金額に前記認定の同業者所得率四八・四八パーセントを乗じてえた金額である。

9,440,325円×0,4848=4,576,669円

(売上金額) (所得率) (算出所得金額)

4 特別経費額

(一)  ゴルフ用品販売関係 六、〇二四、五一四円

前示乙第二号証、成立に争いのない乙第一七号証の一ないし六、乙第二〇号証、証人中川和夫の証言に原告本人尋問の結果を総合すると、次の諸経費が認められる。

(ア) 雇人費     八七七、〇〇〇円

これは、原告が所得税法一八三条一項の源泉徴収手続をした雇人の俸給等の支払合計額である。

(イ) 減価消却費   一〇六、七三九円

これは、店舗建物に関する減価消却分である。

(ウ) 地代・家賃   一七五、〇〇〇円

これは、店舗の地代並びに家賃支払分である。

(エ) 支払利子  四、八六五、七七五円

これは、店舗(甲第八号証の一の図中〈3〉として表示のもの)購入資金として北海道拓殖銀行からの借入れ金利子並びに他から借り入れた営業資金の利子支払い分である。

(二)  喫茶店関係 三、二二六、七〇三円

前示乙第一三号証の二の二、証人中川和夫の証言並びに原告本人尋問の結果を総合すると、原告の喫茶店関係の本件係争年分に関する特別経費については、具体的な証拠資料の提出が全くないため前記認定の同業者AないしXの特別経費率を適用してこれを推計するのが相当と認められるところ、原告の同年分の喫茶店関係売上金額は前記のとおり九、四四〇、三二五円であるから、これを右同業者特別経費率三四・一八パーセントに乗ずるとその金額は三、二二六、七〇三円である。

5 課税所得金額

(一)  ゴルフ用品販売関係 七、二五七、八〇〇円

(二)  喫茶店関係     一、三四九、九六六円

(三)  右合計金額     八、六〇七、七六六円

これは、前記算出所得金額より右特別経費額を控除した金額である。したがつて、原告の本件係争年分における課税総所得金額は右両者の合計金額である。

四  原告の本件係争年分における課税総所得金額は右のとおり八、六〇七、七六六円であるが、被告の本件更正処分における課税総所得金額は五、七一六、〇〇〇円であつて右認定金額の範囲内であるから本件更正処分は適法である。

五  叙上の次第で、本件更正処分は適法であり、これにつき原告主張の違法は認められないから、これが取消しを求める本訴請求は理由がないので棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高津環 牧山市治 慶田康男)

別表〈省略〉

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